うつ病支援の会あさお

共に生きる社会

「居場所」ミーティングを設営

「こういう居場所 あったらいいな」のアイデア募集と、そのような居場所の雰囲気を模索する場を設営しました。
目的は、「居場所」のコンセプトの明確化です。
以下のとおり、「居場所」のコンセプト(私見)を取りまとめました。

 

「居場所」のコンセプト(私見)

《第一次》
短期的には、「お互いを肯定的に理解し合う」居心地の良い場所。
若い人も高齢者も、日本人も外国人も、元気が出ない人も元気な人も、地域社会の中で心地良く人とつながっているために役立つ居心地の良い場所。

《第二次》
中期的には、対立するかに見える二つのものに対して、両者を肯定し、包含し、統合し、超越することによって、物事を変化させ、発展させ、進化させていく「対話」の場所。

《第三次》
長期的には、多様な文明が対話によって発展、進化していく場所。

このように、「居場所」のコンセプト(私見)を取りまとめました。

 

長期的視点(私見)

日本列島では16,500年前から2,400年前までの14,000年余り、縄文人が自然と共生して、物質的には平等に、精神的には平和裏に暮らしていました。
日本人が当たり前だと思っている、電車に乗り降りするときのマナー、落とし物を届ける、交通ルールを守る、時間に正確、ゴミが落ちていない、大声で騒がない、夜でも安全、ハイレベルなサービス、おいしい食事、きれいな水、アニメ、進化したトイレやコンビニなどは、利他の精神で誠心誠意行動し、独自性や技術力に価値を感じる縄文文化からの伝統であると思われます。
2,400年前から現代までは、戦の時代と平和な時代を繰り返しながら現代に至り、世界の中では比較的平和で倫理的な社会を実現しています。
サミュエル・ハンティントン博士が著書『文明の衝突』で、世界の8つの文明の1つが日本文明だと述べているのは、皇室の伝統やこのような日本の独自性を指すと理解しています。

2025年の参院選以来、外国人問題が話題に上るようになりましたが、背景には外国人に特徴的な犯罪が目につくことがあるように思います。
実際には大半の外国人が平和的で法律を守っているにもかかわらず、ステレオタイプ(民族、外見など固定化されたイメージ)で一律に差別する人がいますが、ステレオタイプを背景とする暗い歴史を繰り返してはなりません。

外国人を含む総人口の2120年までの推計値を延ばしていくと、2175年あたりで0になります。「総人口・出生数推移」参照
150年後に人口が0になることを望む人はいないでしょうから、速やかに外国人の帰化・永住・滞在を増やし、出生率を高める必要があります。

課題達成のためには、外国人問題を解決し、帰化、永住、滞在を増やし、出生率を高めるという社会の合意形成が必要です。
その糸口は、遺伝子解析技術の活用だと思います。遺伝子解析技術は世界中の人を一卵性の人同士以外は全て区別でき、高速化とコスト低下が急速に進んでいます。
基準を定めて外国人が犯罪を犯したら定められた期間滞在を禁止して犯罪を抑止したり、更には犯罪捜査、身元特定にも活用できます。

加えて、日本が外国人にとって魅力的で住みやすい社会であることが必要です。
日本の魅力は、平和で、安全で、清潔で、親切で、食べ物が美味しくて、独自性や技術力に優れていて、文化的で、「みんなちがって、みんないい」多様性のある社会だと思います。
また、そういう日本を残していきたいと望む日本人が多いと思います。

外国人の帰化、永住、滞在にあたっては、新たな知的産業の創造・発展への貢献が期待できる人や、 共に平和裏に暮らしていける共生可能な人を優先的に受け入れることが望ましいと思います。
また、日本人と
外国人が一致協力して、お互いの違いを認識し、「異なった価値観が共生することに最大の価値を認め」、「価値観が多様化していくことによって、社会の進化が促され、未来の可能性が広がり、真に豊かな社会が実現していく」という、日本の良さに多様性が加わった社会を追求していけたら、地域社会の未来は明るいと思います。

 

「田坂広志 人類の未来を語る」(光文社 2023.3.30)を学習

1.本の構成
ジャック・アタリの推薦の言葉
はじめに
第一部 未来を予見する「十二の洞察」
第二部 未来を予見する「五つの法則」
第三部 人類が直面する「五つの危機」

2.「共に生きる社会に向けて」に関連が深い記述の概要
(1)第一部 未来を予見する「十二の洞察」
第一話 未来については「具体的に予測することはできないが、大局的な予見をすることはできる」

第二話 未来を予見する方法として、「ヘーゲルの弁証法」と「SF的想像力」を活用する。
【弁証法とは、矛盾した事柄を統合することによってより高い次元へ議論をすすめる思考方法で、1つの主張(テーゼ)があればそれに反対する主張(アンチテーゼ)があらわれる。その際、反対する主張を否定せずに良いところを取り入れて統合することで、より高い次元の知を獲得できる。この過程を繰り返すことで絶対的な真理を手にできるという哲学】

(2)第二部 未来を予見する「五つの法則」
序 話 世の中は必ずこの方向に発展していくという法則を学ぶことによって、未来は予見できる。法則を洞察するものである弁証法の法則を、五つの法則として紹介している。

第五話 「矛盾」とは、世界の発展の原動力である。
すべての物事にはその内部に矛盾が含まれているが、矛盾こそが物事の発展の原動力となっていく。矛盾を機械的に解消するのではなく、それを弁証法的に「止揚」したとき物事は発展を遂げる。互いに矛盾し、対立するかに見える二つのものに対して、いずれか一方を否定するのではなく、両者を肯定し、包含し、統合し、超越することによって、より高次元のものへと昇華していくことである。矛盾こそが物事の発展の原動力であり、物事を変化させ、発展させ、進化させていく生命力に他ならない。

「器の大きな人物」とは、心の中に壮大な矛盾を把持し、その矛盾と対峙し、格闘し続けることのできる人物に贈られる言葉なのである。

「弁証法的思考」を身につけると、「対話力」が身につく。弁証法とはギリシャの時代に対話の技法として生まれたもので、弁証法を用いたのは哲学者ソクラテスである。ソクラテスは真理の追究の技法として「対話」を重視した。対話を通じて互いの思考を深め真理に到達する方法として弁証法を用いたのである。弁証法とは、対立した意見の持ち主が対話を行うことによって、互いにより深い思考に向かっていくための技法であり、議論を戦わせる技法ではなく、思考を深める技法と呼ぶべきものである。

第六話 弁証法的思考で予見する未来
「いくつものパーソナリティを生きる」
我々は、人生の様々な経験を通じて自分の中に複数のパーソナリティがあることに気づきながらも、それらの多くを抑圧し、外に出さないようにして生きてきた。「隠れた自己」を発見し、受容し、表現することは「癒し」に他ならない。それにもかかわらず、社会は多くの人々に一つのパーソナリティで生きることを求めてきた。それは社会秩序を維持するためには必要なことであったが、一方で無意識の「抑圧」を生み出してきた。抑圧は、ときに個人にとっての精神的な病の原因となり、ときに社会心理学的な病理の原因となる。
「心の生態系」のマネジメントが、人間の能力を開花させていく。自己の中に、多様なパーソナリティを発見し、受容し、表現するということは、自己の中に多様な価値観が共存することを認めるということである。このことは能力の開花になっていく。例えば想像力や創造力、洞察力や直感力、感受力や共感力、表現力や伝達力、そうした能力が開花していく。個人にとってだけでなく社会全体にとっても極めて重要なテーマになっていく。

「多様な価値観の共生」
個人の心の中の多様な価値観の共生が、社会全体の多様な価値観の共生を実現していく。その社会の内部にどれほど多様な価値観を育み受容できるかが、その社会の成熟の証である。多様な価値観を受け入れることができなければ、社会の片隅ではいつまでも密やかな差別や蔑視、反目や摩擦が続いていき、そして一つの価値観が力を得たとき、社会全体をその一つの価値観に染めようとする専制主義的傾向が生まれてしまうのである。個人の心の中の多様な価値観の共生が、社会全体の多様な価値観の共生を実現していく。しかし現実には、資本主義と共産主義、キリスト教とイスラム教、専制主義国家と民主主義国家の対立のような一つの価値観への偏向が起こっている。その理由は、我々一人一人の心の中に多様な価値観の共生が実現していないからである。

「イデオロギー」から「コスモロジー」へのパラダイム転換」
【コスモロジーとは「宇宙論」のこと】
多様な価値観の共生という言葉は、しばしば「異なった価値観をも許容してその共存を認める」という意味に、誤解をして使われてきた。しかし、真の意味は「異なった価値観が共生することに最大の価値を認める」ということであり、それこそがコスモロジーのパラダイムなのである。その社会の中に存在する価値観が多様化していくことによって、社会の進化が促され、未来の可能性が広がり、「真に豊かな社会」が実現して行くのである。

(3)第三部 人類が直面する「五つの危機」
歴史は、必ず「人類の進歩」に向かって進んでいるという直線的な歴史観に陥りがちだが、現実の歴史の展開はそれほど単純ではなく、様々な紆余曲折を経ながら、また後退や退歩と思われる展開を示しながら動いていくことを忘れてはならない。

「物質的豊かさ」や「生活の便利さ」は、しばしの幸福感をもたらすが、さらに豊かになりたいという欲望や、便利さの背後にある効率性や迅速性が我々の無意識を支配するようになり、欲望を刺激し際限なく増大させていくため、人々の精神的豊かさや精神的満足を高めない。そのため人々は真の幸福感を感じられない。
「経済成長」「競争戦略」といった言葉が、究極的に人類全体をどこに導くのか、その冷厳な現実を直視する賢明さを持たなければならない。すべての国家が「他国に負けてはならない」という競争戦略を続けていけば、いずれ「軍拡競争」に発展し、「戦争」へと発展するという冷厳な現実を直視する勇気と賢明さを持たねばならない。根本問題は、「我々一人一人の意識」が未成熟だからである。民主主義への歩みが専制主義に逆行し、経済平等への歩みが経済格差に逆行し、世界平和への歩みが戦争危機に逆行し、世界経済への歩みが一国経済に逆行し、科学技術への歩みが宗教倫理に逆行しているように見えるのは、民主主義、資本主義、平和主義、国際主義、科学技術がいまだ十分に成熟していないからであり、その根本的な原因はこれらの前提にある我々一人一人の意識が未成熟だからである。特に混乱や危機に直面したとき、我々一人一人の意識が利己主義に流され、責任から逃れて誰か強力な指導者に依存してしまうという大衆心理、社会心理があるからである。直面する数々の危機を真に乗り越えたいと願うならば、我々は心の中にある利己主義に流されない利他の心を身につけなければならない。

「利己の心」と「利他の心」、この二つもまた弁証法的に統合し止揚していけるものであろう。それが「合理的利他主義」の思想である。すなわち利己と利他を対立的なものと捉えることなく、他人の利益を大切にすることが自分の利益にもなる、社会の利益を大切にすることが自分の利益にもなる、未来の世代の利益を大切にすることが現在の世代の利益にもなるという思想。我々はこの合理的利他主義の思想と行動を、世の中に広げて行かなければならない。人類の未来は、我々一人一人の意識の改革を抜きにしては、いかなる制度の改革も危機を超える力とはならないだろう。この道だけが21世紀における人類の文明の生存への道であり、さらなる発展への道である。人類の前史の時代が終り、本史の時代の幕が開ける。
本書は、その幕開けの願いを込め、書かれた。

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